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ここ数ヶ月の間、山岸継司さん(More Yamasan)とWorld 1-2のチップチューンを共同制作しています。その作業の最中で、山岸さんとゲームミュージシャンとしての実績と昔の活動について熱く語り合いました。一緒に昔の経験を思い出したり、現在について話し合ったり、そしてこのインタビューを読む皆さんに未来を少しだけ見せたりします。どうぞお楽しみ下さい。


モハメド・タヘル:山岸さん、はじめまして。お忙しいところお話しする時間を頂いてありがとうございます。

山岸継司: はじめまして。私は今までこのようなインタビューを受けたことはほとんどありませんので、とてもうれしく思います。

モハメド:5才の頃からずっと山岸さんのゲーム音楽に興味を持っていて、今、僕は25才です。もし5才の時の僕がいたら、きっとびっくりしてうらやましがることでしょう!

継司さん: ありがとう。とても光栄なことです。こんな熱烈なファンの方に出会えて私は幸せです。ゲーム音楽制作を仕事にして本当によかった!

モハメド:では始めましょうか?

継司さん: はい、始めましょう。

モハメド:作曲を始めたきっかけについてですが、子供の頃からやってみたかったことなのですか?

継司さん: 自分で作曲を始めたきっかけは単純にミュージシャンへの憧れからです。自分で曲を作って歌えたらカッコいいだろうなと思っていました。高校生の時に初めてギターでコードを弾きながら歌を作りましたけど、当時は恥ずかしくて他人に聴かせることはできませんでした。大学生の時に4chのマルチトラックカセットデッキを購入してからはレコーディングすることが面白くて、デモテープ作りに熱中しました。でもそれも友人に聴かせるくらいで、コンテストに出たりレコード会社に送ったりということはしませんでした。もともとプロ志向はあまりなかったからです。子供の頃の夢はパイロットになることでしたし。テクモの柿原社長に誘われなければ、普通の会社員になって働いていたと思います。本当に偶然、ゲームサウンドクリエーターになってしまったのです。

モハメド:なるほど。そういうきっかけでテレビゲームのサウンド制作を始めたんですね?

継司さん: そうですね。私は元々は広告宣伝の仕事を希望していましたが、たまたまゲーム会社(テクモ)の会社説明会にいったところ、当時の柿原社長に「君はバンドをやっていたのか?ならウチでゲームの音楽を作ってみないか?」と誘われました。まさか好きな音楽で仕事ができるとは思っていなかったので、喜んで入社してしまいました。デモテープも聴くことなしに柿原社長はなぜ私を採用したのか、今でもよくわかりません(笑)。現在のゲーム業界でしたら、きちんとした音楽教育を受けていない私は音楽の仕事で採用されることはなかったことでしょう。本当に幸運だったと思います。

モハメド:一番最初に担当したゲームは何ですか?

継司さん: 私がテクモで最初にやった仕事は「スターフォース」のNES版への移植作業でした。「スターフォース」のファミリーコンピュータ版はハドソンより発売されていましたが、それとは別にテクモでNES版は制作されました。編曲と効果音、データ制作を担当しました。とても短い制作期間だったことを覚えています。

作曲を最初に担当したのはファミリーコンピュータ用の「つっぱり大相撲」です。初めて自分の曲が世に出た思い出のゲームソフトです。

モハメド:ファミコンでの音楽制作はどんな経験でしたか?MIDIは使えませんでしたよね?音楽データを直接PCにインプットするのは難しい作業だったのでしょうか?

継司さん: ファミコンでの音楽制作は大変でしたけど、貴重な経験だったと思います。ご指摘のように当時はMIDIを使用することはできなくて、全てのデータ(音程、音長、ベンド、ビブラート等)を数値化して制作していました。またそれを制御するプログラム、サウンドドライバーも自分で制作しました。自分でシーケンスソフトまで作っていたということですね。

ファミコンでのBGM制作の工程は

1.作曲、編曲
2.曲データを数値化してエディターでPC(NECのPC9800)に打ち込む
3.実際のハード(ファミコン)で再生確認
4.エディターに戻って修正
以下3,4を繰り返して曲を仕上げていく

という非常に面倒な作業でした。でも限られた機能の中で良い音を模索することは面白い作業でもありました。

モハメド:「More Yamasan」という、この名前の背景について説明を頂けますか?ファンの人たちにその名前で呼ばれますし、山岸さんが担当したゲームのクレジットにも表示されます。

継司さん: 特に深い意味はありません。当時、テクモではクレジットで本名を出すことを禁止されていたので、自分のニックネームと大学時代の思い出のある店の名前(More)をくっつけただけです。

モハメド:なるほど。「K.Y. Jet」の別名でも知られていますね。

継司さん: はい、たしかテクモスーパーボウルの時にだけ使ったと思います。理由は私がN.Y JETSのファンだったからです。

モハメド:つっぱり大相撲は1987年のものですね。その後は何をしたのですか?

継司さん: 最初の「キャプテン翼」の音楽制作です。ほぼそれと同時に「忍者龍剣伝」のサウンドドライバー制作も始めたように記憶しています。ドラムサウンドが鳴るようにという依頼があったので、キックとスネアをサンプリングしてファミコンでの再生実験を開始しました。

モハメド:キャプテン翼ですけど、ファミコン版は子供の頃に最も好きだったソフトの一つなんです。今でもキャプテン翼2はお気に入りのゲームです。

キャプテン翼は中東とヨーロッパではとても人気があってかなりの影響力も持っています。キャプテン翼でサッカーが好きになった、ヨーロッパのサッカー選手がたくさんいます。私にはコメディシアターに行ってキャプテン翼2(ファミコン版)を買ったという思い出があります。買う前に泣いて親にお願いしていましたよ。そのときには日本の製品が日本国外の広い範囲に及ぶ影響があるということを考えてもいませんでした。

継司さん: キャプテン翼が日本のみならず、ヨーロッパ、中東のサッカー選手にも影響があったことを私もよく知っています。もしその中にファミコンのキャプテン翼を遊んだことのある選手がいたとしたら、うれしいことでとても光栄なことであります。

実は私はサッカーが大好きで、日本のサッカーチーム、湘南ベルマーレのサポーターなんです。

モハメド:音楽制作部で山岸さんと一緒に参加していた人たちについて教えてもらえますか?メタルユーキさんと岡村麻由子さんが一緒にキャプテン翼2に参加したということがわかりますが、1にも2人が参加していたのでしょうか?

継司さん: 最初の翼は私一人で制作しました。翼2の作曲は私の他に岡村麻由子さんと齊藤幹雄さん(メタルユーキ)の2人が参加しています。岡村さんは試合間のシネマディスプレイ画面の曲を半分ちょっと担当しています。齊藤さんにはフラメンゴの曲を書いてもらいました。私とはテイストのちょっと違う曲を書いてもらえたので、変化がついて良かったかなと思います。それ以外の曲、効果音、データ作成、サウンドプログラミングは全て私が担当しました。

岡村さんは音大出身のピアニストでした。当時ファミコンのゲームを何本か一緒に制作しました。今はピアノの先生にでもなっているのではないでしょうか。

齊藤さんは私の上司であり、ゲーム音楽制作の師匠です。コナミの「ときめきメモリアル」の作曲者として有名です。齊藤さんには仕事に対する姿勢等、音楽以外でも大事なことをたくさん教えて頂きました。今でも私の尊敬する先輩です。

モハメド:僕が驚いたのは、キャプテン1と2のサウンドの違いです。2は1よりかなり進歩しています。例えば、日向のテーマはキャプテン翼1をベースに作られたはずですが、キャプテン翼2ではより発展して成熟しています。シュナイダーのテーマもキャプテン翼2ではより深くて楽器の音もより強くて、1作目より怖い感じですね(怖いというか、他に良い言葉がないので)。忍者龍剣伝の経験でサウンド制作のスキルをパワーアップしてキャプテン翼2を担当したということだったのでしょうか?

継司さん: その通りです。最初の忍者龍剣伝で試していたサウンド制作テクニックを使って、翼2を制作しました。サンプリングドラムやディレイ、ベンド、ビブラート等を駆使して音に厚み、表情をつけています。ファミコンの限られた機能で、良い音を作ることはとてもクリエイティブな作業だったと思います。

モハメド:忍者龍剣伝とキャプテン翼はストーリーテリングへのフォーカスも有名ですよね。キャプテン翼では試合が始まる前に翼が次の対戦相手を語る演出があります。もちろん、忍者龍剣伝もそういう演出があって、エンディングは特によく知られていますね。

そのような場面はディレクターと一緒に作曲をしたのか、あるいはリクエストに応じて作ったのか、どちらのアプローチをされましたか?(例えば、寂しいテーマやテンポが速いテーマなど)

技術の制限によりエモーショナルな演出をうまく作るのはとても難しかったファミコン時代に、演出とマッチした音楽が作られたことは賞賛を受けるにふさわしいと思います。

継司さん: おっしゃるようにキャプテン翼と忍者龍剣伝は共にゲーム以外の演出にも力をいれていました。我々はそれをシネマディスプレイと呼んでいました。そこでの感情表現として音楽はとても重要な位置を占めていました。そのためディレクターとはミーティングを重ね、音楽のイメージを固めてから作曲をしていました。完成した映像を見てから作曲するのではなく、絵コンテを見ながらディレクターから説明を受けてイメージをふくらませていくのです。映像が後から完成するので、曲のサイズ(長さ)を映像に合わせるのにも苦労しました。特に龍剣伝のディレクター吉沢さんは映画マニアであったため、大変な作業でした。それと比較すると翼2はかなり自由にやらせていただいたように思います。最終的に「かっこよければよし」ということだったので、龍剣伝より当時の自分の好みがストレートに出ています。

モハメド:1作目の忍者龍剣伝のクレジットで、山岸さんとB.B.とHakaseさんという人が「SOUND DESIGN」のほうに表示されてます。キャプテン翼と同じく山岸さんが音楽を作曲してサウンドを担当していたということなのか、あるいは少し違ったのでしょうか?

継司さん: 忍者龍剣伝はB.B(新田竜一)さんに3,4曲ほど作曲を手伝ってもらいました。Hakaseさんはたしか何もやっていません(笑)。残りの曲の作曲、効果音、サウンドドライバー、データ作成は全て私が担当しています。

モハメド:忍者龍剣伝IIとIIIには関わっていなかったんですね?

継司さん: 龍剣伝2の制作には関わっていません。3はサウンドドライバー制作と細かいデータ作成(サンプリング、ベンド、ビブラート、ディレイ等の音響効果)を担当しています。

モハメド:面白いですね。忍者龍剣伝の次はテクモスーパーボールを担当したのですよね?NFL28チームがすべて初めて登場したゲームとして、エポックメイキングなゲームでした。テクモスーパーボールでの音楽制作にも忍者龍剣伝とキャプテン翼でのスキルを活かしていますね。テクモスーパーボールの音楽はどのようなアプローチをしたのでしょうか?

継司さん: NFLは大学時代から大好きでよく衛星TVで観ていました。そのためテクモでNFLのライセンスを取得したゲームを作ることになった時はとても興奮しました。

しかし音楽制作にはとても苦労しました。マーチングバンド風にするのか、ロックにするのか、悩みました。本当は音楽なしで、歓声と効果音、Voiceだけで構築できたらベストだと思っていましたが、当時のファミコンの音源チップでは不可能でした。でもQBのVoiceをいれることによってある程度の効果は出せたのではないかと思います。

ご指摘のように音響制作は、翼と龍剣伝で得たテクニックを使用しています。ただ残念ながら、Voiceデータを入れるため、データ容量が厳しくてベンドデータをかなりカットしてしまいました。本当はもっとギターっぽく作っていたのですけどね。その点はちょっと悔いがあります。

モハメド:テクモスーパーボールの後は?

継司さん: テクモのファミコン最後の作品「ラディア戦記」の制作をしました。作曲は茂野理香さん、半井香織さんと3人で担当(中心となる曲は主に私が作っています)、効果音、データ作成、サウンドドライバーは私です。メインのプログラマーが嫌がったので、サンプリングのドラムを入れることはできませんでしたが、三角波でドラムサウンドを作成して代用しています。この作品が自分のファミコンサウンドではベストだと思っています。売れませんでしたけどね。

その後、業務用(アーケード)のゲームサウンドをちょこちょこ作ったり、SFCの「つっぱり大相撲」を制作、同じくSFCの「Tecmo Super Bowl」「翼3」のサウンドアドバイスをしている途中に、ヘッドハンティングされてコーエーに移ることになります。

モハメド:なるほど、面白いです。ラディア戦記のことは知りませんでした。面白そうなオリジナルRPGタイトルですね。欧米でリリースされていないのは残念です。翼と忍者のサウンド演出はRPGゲームの音楽制作の準備になったことでしょう。RPGのフォーカスはストーリーが大きいし、アクションゲームだった翼と忍者でもストーリーの比重が大きかったですから。RPGでの音楽制作は何か違うところがありましたか?

継司さん: 日本ではRPGはドラゴンクエスト、ファイナルファンタジーと音楽に対する評価の高いものが多いゲームジャンルだったので、よいものをつくらなきゃというプレッシャーはありました。ただディレクターが龍剣伝の吉沢さんだったことと、龍剣伝、翼で音楽の演出にも慣れていたことで、違和感なくスムーズに制作にははいれました。作曲チームとして3人のバランスもとれ、楽しくできた仕事だったと思います。フィールド画面のテーマ「草原を行く」は自分が作った曲の中で、今でも一番気にいっています。

モハメド:ところでキャプテン翼3ですが、山岸さんのスタイルとは違うから山岸さんとは関係がないとずっと思っていたのですが、やはりそうだったのですね(笑)。

継司さん: 翼3の実作業にはまったく私はタッチしていません。ご指摘のように私のスタイルではないですね。

モハメド:コーエーに転職してからは何に取り組んでいましたか?

継司さん: コーエーという会社は当時は自社PCゲームから、さまざまなハードへの移植作業が多く、私も移籍当初は移植作業ばかりやっていました。コンポーザーというよりアレンジャーとしての作業に比重がかかっていました。「三国志」「三国志4」「大航海時代」「エミット」などです。その後共作でしたが「アンジェリーク」で初めて作曲を担当しました。そしてその後、SFCでの自分の音楽の集大成的な作品があったのですが、これが完成直前にペンディングになり、結局発売中止になってしまいました。これは今でも残念でなりません。

SFCからサターン、PSに開発機種が変わる頃には私は音楽制作の基礎研究みたいな仕事に携わるようになり、ゲーム開発の現場を離れ、その後マネージャー職(課長職)になって制作管理を担当していました。でもマネージャー職をやりながらPSの最初の「三国無双」の曲は何曲か書きました。オープニング曲は私のカラーが出ていると思います。

モハメド:だから最近ゲーム開発の現場に参加されていない、というわけですね。一番最近の主なゲームプロジェクトは?

継司さん: カプコンの鬼武者タクティクスです。でもこれももう10年くらい前ですね。その後コナミのゲームを何本かやって、ここ4、5年は携帯電話のオリジナル着信音制作に取り組んでいます。

モハメド:テクモで作曲をしてから、コーエーでアレンジすることにシフトしたことは面白いと思います。その後はどうなったのですか?

継司さん: コーエーを退職後、友人と音楽の制作会社を立ち上げました。現在もそこで活動しています。

モハメド:再びゲームミュージックを作ることを考えていますか?

継司さん: 残念ながら今はゲームに興味をあまり持てないのです。昔のような音の再生に制約のあるゲーム機(NES,SFC,etc)での音楽制作が好きでした。たぶん、しばらくはゲーム音楽を作ることはないと思います。でも何かオファーがあれば作るかも知れませんね。

モハメド:山岸さんの会社の話に戻りましょう。今、iTunes Storeでデシカスタイルという名前で着信音を作っているようですね。詳しく説明してもらえますか?

継司さん: はい、デシカスタイル(Decica Style)は現在制作している携帯電話のオリジナル着信音のブランドネームです。もともと日本のフィーチャーフォン用に制作していたものを、スマートフォン用にアレンジして販売していきます。生活に役立つクールな音を作るのが目標です。世界中の携帯電話から自分の作った着信音が鳴っているのを想像することはとても楽しいことです。

モハメド:着信音の仕事は面白いと思います。iTunes Storeでは新しい着信音が見つかりやすいし、作曲家も直接ユーザーへ売ることができるし、今現在は特に(過去より)よい時代になっているなと考えています。他の人と一緒に作曲しているのですか?

継司さん: はい、忍者龍剣伝2、3を担当していた新田と半井も参加しています。でも全体の8割くらいは私の制作です。始めたばかりで、まだあまり利益は出ていませんけどね。

モハメド:「忍者龍剣伝」や「テクモボウル」などを含めてゲームの音楽をカバーするロックバンド「minibosses」をご存知だと言われましたね。

他の人のカバーも知っていますか?特に忍者龍剣伝はインディペンデントなバンドや作曲家には人気があるのです。例えば、Vomitronは忍者龍剣伝のカバーをつくって、そしてArmcannonはテクモスーパーボウルをカバーしたのです。(その2つは自分の一番好きなものです)

継司さん: Vomitronは知っています。ハードロック系のアレンジでカッコよいですよね。Armcannonは知りませんでした。(今YouTubeで視聴してます)うん、よいですね。テクモスーパーボウルのオープニング曲はギターバンドでカバーしやすい楽曲だと思います。YouTubeを観ていると自分の曲のカバーがたくさんあるのでうれしくなります。私の曲は日本よりも海外でのほうが人気があるような気がしますね。

モハメド: カプコンさんの「鬼武者タクティクス」以降、他の開発会社からゲームの音楽をつくる機会をいただいていますか?

そうではなければ、故意にゲームの音楽をつくらないようにしていたわけですか?

継司さん: PS2以降、日本ではゲーム音楽の傾向が変わってしまい、映画のサウンドトラックのような音を作れる人でないとなかなか仕事がまわってきません。残念ながら自分のスタイルではないですよね。私はオーケストラを操れませんし。もう自分の音楽は必要とされていないようにも感じます。でも私の音楽スタイルに合ったゲームがあるなら、またやってみたいと思います。

モハメド:連絡が取れて久々に着信音より長いものを作曲してくださったことはよかったです。ファンの皆さんは5秒より長いものがほしいということを知っているのですね(笑)。

さて、ようやく本題ですが、アルバムのために作曲しているチップチューンのトラックについて説明してもらってもいいでしょうか?

(どのソフトを用いているとか、どんなテーマをつくりたいとか)

継司さん: 今回、こういうチャンスをいただいてとてもうれしく思っています。久々にチップチューントラックを作りましたけど、難しかったですね。音の組み立て方が通常の音楽と違うので、昔を思い出しながら作りました。モハメドさんから「翼」や「龍剣伝」のような熱いエモーショナルな楽曲をということだったので、できるだけそれに沿ったものにしたつもりです。

シーケンスソフトはLogic、音源はchipsoundsとEXS24、エフェクトはLogic内蔵のものとWAVESを使っています。苦労しましたけど、楽しかったので機会があればまたチャレンジしてみたいですね。今度はFM音源も使ってみたいです。

モハメド:数日前完成したトラックを山岸さんに送ってもらってうれしくなりました。完璧だと思います。キャプテン翼とロックマンのデリケートなミックスだと感じています。タイムマシンに乗って過去から現在に旅してきた、みたいな感じです。World 1-2をリリースしてファンの方に聞いて頂くことを楽しみにしています。

そういえば、山岸さんは次に何をしますか?

さあ、ファンの皆さんにアレについて伝えておきましょうか?!

継司さん: 今回のコンピレーションアルバムをきっかけにして、モハメドさんと新しいチップチューンアルバムを制作することになりました。私名義(山岸継司)での初オリジナルソロアルバムです!最近のゲーム音楽とは違うレトロフューチャーなエモーショナルチップチューンワールドをお楽しみに。もちろん「キャプテン翼」や「忍者龍剣伝」ファンの方もどうぞ期待していて下さいね。

モハメド:World 1-2を出してから、山岸さんと一緒にアルバムを制作することを楽しみにしています。

今日はお時間ありがとうございました。山岸さんとチャットすることができて本当に楽しくて良い勉強になりました。デシカスタイルの成功を祈っています。頑張ってください!

継司さん: モハメドさんと知り合えて本当に幸運でした。また音楽に対する情熱が戻ってきたように思います。それに自分の若い頃にやってきた仕事が無駄ではなかったことがわかって、とてもうれしかったです。もしかしたら私は世界中の子供たちに影響を与えていたのかも知れませんね(笑)

今日はどうもありがとうございました。今後も応援よろしくお願いいたします!


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和訳・英訳・ローカリゼーション:Alex ‘cvxfreak’ Aniel
イラストレーションとKoopa Soundworksのロゴデザイン:Andy Helms